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てくることによって男鹿半島を逆に刺激してしまおうという形で、今、JR東日本とか、ちょうど新幹線が行きますから、それをいい意味で……。
村井委員 さっき井上さんがおっしゃいました伝統というものは将来に向けての創成というか創造というものがなければ伝統でもないんだというお話に関して……。
井上委員 いや、そんなことはいってませんよ。
村井委員 いや、私がいいたいのは伝統文化というのは一過性を克服したから伝統文化になっているのであって、過去のものだけが伝統文化ではない。伝統文化というのは、絶えずその時代時代に応じていろいろ変容しているから伝わってきているのであって、過去のある時点で息切れしてしまったものもたくさんあると思うんですけれども、今日我々がいう……。
井上委員 そういうことではないんですか。
村井委員 伝統文化とはその中にクリエートの部分が本来的になければ伝統文化にもなれないと考えるべきだと。だから、ちっとも意見は違っていません。たしかに伝統を発掘するとかいうような意味での伝統は過去のある時点で終わってしまったものであり、そういうものをもう一度よみがえらせるという意味での使い方もありますが、伝統文化というのは、時代に応じながら生き延び、活性化され、変容しながら来ているもので、もとの形のものがそっくり100%伝わっている伝統文化なんてない。日本の伝統文化は、もとをたどればみんな外来文化といってよいかもしれない。そういうものがいかに土着化するか。そして、その土地の人たちの生きがいになっていくかということを考える。だから、一方では広がりをもっているものについては、国際的な交流なんかもする必要があるでしょう。その一方、土着化した結果、土地によってなぜこれだけの違いが出てきたのかということを考えることも必要でしょう。伝統文化というのは、そのような観点から考えるべきだと思っています。
井上委員 だから、これはどっちがいいとか悪いとかいう問題ではないと思いますね。現実に農村歌舞伎なんかをみても、結局今の時代に合わせてだんだん、例えば過去のものと相当変わってきている。要するに、今流に変えてきている。大体東京でやっているのはそういうのが多いようです。そういうものと、なるたけ過去のそういうものを忠実に残していこう。要するに、今流に余りアレンジしないで残していこうと。2つの流れがあるようで、今はどっちかというと前者が何となく主流になっているようなところがありますけれども、やっぱり過去のものをそのまま同じように残していくか、そういうやり方を一つの方針にしているところもありますね。それは、第三者がどっちがいいとか悪いとか、いう問題ではないと思いますね。
鈴木委員長 そうなんですね。お神楽にしても獅子舞にしても、全部去年とことしと違
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